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山形地方裁判所 昭和28年(行)5号 判決 1955年6月16日

原告 貝野瀬蔵雄 外一名

被告 山形県知事

訴訟代理人 斎藤貞美 外一名

主文

一、原告等の請求中山形県農業委員会が昭和二十八年八月十五日付で為した裁決及び三沢村農業委員会が昭和二十七年九月二十八日付で為した牧野買収計画の各取消を求める請求部分はこれを却下する。

二、原告等その余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は「被告(当時山形県農業委員会であるが農業委員会等に関する法律附則(昭和二十九年六月十五日法律第一八五号)第二十六項に基く訴訟の受継により被告山形県知事となる以下同じ)が昭和二十八年八月十五日付で別紙目録(一)記載の土地合計十筆(以下本件土地と略称する)について原告等両名の為した訴願を却下した裁決を取消す、訴外三沢村農業委員会が昭和二十七年九月二十八日付で本件土地について樹立した牧野買収計画は之を取消す、山形県知事が別紙目録(二)記載の土地合計十六筆(本件土地を含む)について昭和二十三年十二月二日付で為した牧野買収処分は無効である、ことを確認する、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として本件土地は原告等の所有であるところ訴外三沢村農業委員会は本件土地について自作農創設特別措置法第四十条の二第四十一条により昭和二十七年九月二十八日牧野買収売渡計画(以下昭和二十七年本件買収計画と略称する)を樹立しその旨公告したので原告等は同年十月十日異議申立を為したところ同月十三日同異議は右三沢村農業委員会に於て理由なきものとして棄却(訴状に却下とあるが誤記と認める)されたので原告等は更に被告山形県農業委員会に対し同月十七日付を以て訴願を為したところ、被告は昭和二十八年八月十五日付で右訴願に対し本案の審議を為さず、職権を以て別紙目録(二)記載の土地合計十六筆(本件土地を含む)は既に昭和二十三年十二月二日付でその所有者貝野瀬つぎ(原告貝野瀬蔵雄の先代)に対し買収令書の交付による買収処分が行われていることが明らかであるから原告等は既に本件土地の所有権者でないとの事実を認定し訴外三沢村農業委員会が原告等を所有者として本件計画を樹立したるは違法であり、その違性は重大であるから無効である。

従つて右訴願は無効なる処分に対して為したものであるから何等の実益なきものと断定し本件訴願はこれを却下するとの裁決を為した。

しかしながら、前記裁決書に於ける被告主張のように山形県知事が昭和二十四年四月六日、別紙目録(一)記載の土地十六筆(本件土地を含む)についてその所有者貝野瀬つぎに対し昭和二十三年十二月二日付買収令書を交付して牧野買収処分(以下昭和二十三年本件買収処分と略称する)と為したことはあるが当該買収処分は当然無効である。その理由は、すなわち、(訴外三沢村農業委員会の前身)が同日付で樹立した牧野買収売渡計画に対する被告(当時山形県農地委員会)の承認は、昭和二十六年六月二十九日付を以て取消されているからである。従つて、昭和二十三年十二月二日付牧野買収売渡計画は山形県農地委員会の承認がないものになり右三沢村農地委員会で樹立した買収計画に於て右山形県農地委員会の承認は絶対必要な有効条件であるからかゝる承認を経ないことになる当該計画は効力を発生していないものある。よつて効力を発生していない右昭和二十三年十二月二日付牧野売渡計画に基く昭和二十三年本件買収処分は当然無効である。

そこで原告等は昭和二十七年本件買収計画に対しその不当を攻撃し適法なる異議訴願を経由したこと前述の通りであるに拘らず被告が違法に右訴願を却下したので同裁決の取消並びに昭和二十七年本件買収計画の取消を求め、被告山形県農業委員会に対し山形県知事が為した昭和二十三年本件買収処分の無効確認を求める利益(即ち、昭和二十三年本件買収処分は当然無効なるに拘らず被告は之を有効として原告等の昭和二十七年本件買収計画に対する訴願を却下している)があるから本訴に及ぶと陳述し、

被告の主張に対し昭和二十七年本件買収計画が取消されたこと、昭和二十三年本件買収処分の一部取消が行なわれたことは認めるが右取消によつて、従来無効であつた昭和二十七年本件買収計画及び昭和二十三年本件買収処分がそれぞれの無効であつた瑕疵を治癒されるものでないと述べ、立証として、甲第一、第二号証の各一、二、甲第三号証の一乃至十六、甲第四、第五号証、甲第六号証の一乃至六、甲第七号証を提出し、乙号各証の成立は認めた。

被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として、原告等主張事実中、原告等主張のような昭和二十七年本件買収計画が樹立公告されたこと、原告等がその主張のように異議訴願をなし被告がその主張のような理由で右訴願を却下したこと原告等主張のような昭和二十三年本件買収処分が為されたこと、被告山形県農業委員会が原告等主張の日時、別紙目録(二)記載の土地(本件土地を含む)について訴外三沢村農業委員会が樹立した昭和二十三年十二月二日付竹野買収売渡計画に対する承認を取消したことは認めるがその余の事実は否認する。

被告主張事実は次のとおりである。即ち、訴外三沢村農地委員会は昭和二十三年十一月八日別紙目録(二)記載の土地合計十六筆(本件土地を含む)についてその所有者貝野瀬つぎ(原告貝野瀬蔵雄の義母)の牧野買収申請に基き昭和二十三年十二月二日付牧野買収売渡計画を樹立し同年十一月八日公告したところ翌九日より同月二十九日迄の縦覧期間内に何等の異議訴願の申立なく山形県農地委員会が同年十二月二日之を承認したので山形県知事は右確定した昭和二十三年十二月二日付牧野買収売渡計画に基き昭和二十三年本件買収処分を為しその手続を終了したところ原告貝野瀬蔵雄は昭和二十六年三月二十日付書面を以て歎願を為したので調査した結果別紙目録(二)記載の土地合計十六筆(本件土地を含む)は全部が牧野でなく山林が数筆含まれていることが判明したので牧野でないものを牧野として牧野買収売渡計画を樹立したのは違法であるから山形県農業委員会は先に為した前記昭和二十三年十二月二日付牧野買収売渡計画に対する承認を取消したというにすぎないものであり、その真意は山林は除外して牧野のみを買収すべきであるという趣旨の取消行為に外ならないのである、仮りに右取消が原告等主張の如くであるとするも、右意思表示は昭和二十三年本件買収処分完結後になされたものである。而してその取消行為は行政庁内部の意思表示に過ぎず既に為された本件買収処分の効力には何らの影響がないものである。しかし、昭和二十七年本件買収計画については二重買収であつたから原処分庁たる訴外米沢市三沢農業委員会(前記三沢村農業委員会が昭和二十九年十月町村合併により米沢市三沢農業委員会となつたもの以下同じ)が昭和三十年三月三十一日之を取消しており、更に別紙目録(二)記載の土地合計十六筆(本件土地を含む)中現況が山林である部分については昭和二十三年本件買収処分の一部を原処分庁たる山形県知事が昭和二十九年十月一日之を取消した。と述べ、立証として、乙第一号証の一乃至三、乙第二、第三号証を提出し、甲号各証の成立は認めた。

理由

先ず原告等の請求をみるに、同人等は一個の訴状を以て、被告山形県農業委員会を相手方として、

(一)  山形県知事が為した昭和二十三年本件買収処分の無効確認を求める請求

(二)  山形県農業委員会が昭和二十八年八月十五日付で原告の訴願を却下した裁決の取消を求める請求

(三)  訴外三沢村農業委員会が為した昭和二十七年本件買収計画の取消を求める請求

以上三個の請求をしていることが明かである。

そこで第一に職権を以て(一)の請求についての本訴の提起が適法であるか否かについて考える。

と、凡そ行政処分無効確認請求の相手方は原則として国又は公共団体若くは当該行政庁に限るべきものであつて関係行政庁を相手方として訴を提起することは特に法律上の利益のない限り許されないものと解すべきである。本件について之をみるに原告等が無効確認を求める行政処分は山形県知事が為したもので、被告山形県農業委員会の為したものではないこと明かであり、原告等が主張する如く当該処分は被告山形県農業委員会が原告等の訴願を却下する旨の裁決を為すに於て理由として援用された行政処分にすぎないものであるからこの一事を以てしては同委員会を相手方とし、本訴を以てその無効を確認せしむる必要ありとは遽に解し難く、むしろ、右は原告等が適法な訴願の裁決を経て行政事件訴訟特例法第二条に所謂訴願前置の要件を満したという意味のみ有するにすぎないものというべく特に右関係行政庁の行政処分について当該行政庁を相手方としてその無効確認請求を為し得る法律上の利益があるとはいえない。従つて被告山形県農業委員会を相手方とする本件訴は被告適格のない行政庁を相手方としたとの点で不適法と為すべきところ、本件訴訟の係属中に、農業委員会等に関する法律(昭和二十六年法律第八十八号)が改正され、同法附則(昭和二十九年六月十五日法律第一八五号)第二十六項によれば、県農業委員会を当事者とする旧自作農創設特別措置法(昭和二十一年法律第四十三号)の規定に基いてした処分に関する訴訟であつてその処分をした県農業委員会の置かれていた県の区域を地区とする県農業会議が成立した際現に係属中のものは当該県農業会議の成立の日に当該県知事が受け継いだものとする旨の規定があるので本件の場合山形県農業会議が成立したこと記録上明かな昭和二十九年八月十四日山形県知事が本訴を受継したものと為すに至り当事者が被告山形県農業委員会から山形県知事に法律上当然に受継されたが右規定がさきに被告を誤つて提起した本件の前記瑕疵を治癒するものか否やは問題であるが、やはり山形県農業会議の前身たる被告山形県農業委員会が行政事件訴訟の遂行上保有していた当事者の地位を山形県知事に交替したこととその後被告山形県知事が実質上の応訴を為していることと考え併せると、この場合、原告等に於て明示の意思表示を以て行政事件訴訟特例法第七条に準じて被告を山形県農業委員会から山形県知事へ変更したものでないが本訴の不適法は当然治癒されたものと考えるのを相当とする。そこで本案について判断すると、

山形県知事が二十四年四月六日別紙目録(二)記載の土地合計十六筆(本件土地を含む)についてその所有者貝野瀬つぎに対し昭和二十三年十二月二日付買収令書を交付して牧野買収処分(昭和二十三年本件買収処分)を為したこと、同処分の前提たる訴外三沢村農地委員会が昭和二十三年十二月一日付で樹立した牧野買収売渡計画に対し既に為されていた被告(当時山形県農地委員会)の承認が昭和二十六年六月二十九日付を以て取消されたことは当事者間に争がない、すると原告等主張の如き被告山形県農業委員会の右承認の取消は昭和二十三年十二月二日付牧野買収売渡計画並びに昭和二十三年本件買収処分に対し如何なる影響を与えるものであろうかと案ずるに、斯様な承認自体はいわば行政庁内部関係に於ける意思表示にすぎないものであり、買収計画の樹立後県知事の同計画に基く買収処分までの間に於ては必要不可欠の要件であるとはいえ既に一旦なされた山形県農業委員会の承認は、同承認の与えられた昭和二十三年十二月二日付牧野買収売渡計画に基き為された昭和二十三年本件買収処分の完結後は最早之を取消し得べきでないと解するのを相当とする。従つて、事実上右取消の意思表示が為されたとしても法律上効力のない意思表示でしかないといわなければならない。而して、原告等はその余の違法事実を主張していないのである。よつて、爾余の判断を為すまでもなく右(一)の請求については理由がないことになるので同請求部分は失当として棄却を免れない。

次に(二)(三)の請求について判断することにすると、訴外三沢村農業委員会が別紙目録(一)記載の土地合計十筆(本件土地)について昭和二十七年九月二十八日牧野買収売渡計画(昭和二十七年本件計画)を樹立し、その旨公告したのに対し原告等がそれぞれ主張のような異議訴願を為したこと、訴外三沢村農業委員会が右異議を理由なしとして棄却し、被告山形県農業委員会が右訴願について職権を以て原告等が本件土地の所有者であるか否やを審査し、原告等は本件土地の所有者に非ざることを認定して右訴願を却下したことは当事者間に争いがない。そこで先ず当裁判所は職権を以て右(二)の請求について同裁決が原告主張のように本案の審査を為さないで却下したものに当るかどうか、換言すれば被告山形県農業委員会の昭和二十八年八月十五日付裁決が行政事件訴訟特例法第二条本文に所謂訴願前置の要件を充足しているかどうかについて考えてみると、被告山形県農業委員会は、訴外三沢村農業委員会の上級行政庁に該り同委員会の行政処分について全面的に監督権を有しているというべきであるから下級行政庁たる訴外三沢村農業委員会の為した行政処分上誤りを発見したるときは原告等の訴願の事由に拘束されることなし同委員会の行政処分たる本件計画の違法事由を自由に認定し以て裁決し得るものと解するを相当とするから本件の場合右裁決は事案の実質的審査を為した上裁決したもので、適法な異議訴願を経由したものというべきである。そこで更に進んで昭和二十七年本件買収計画について、取消し得べき違法事由ありや否やを審査すべきところ(原告はこの点同計画に内在する違法事由については何等の主張をしていない)成立に争のない乙第二号証によれば、訴外米沢市三沢農業委員会は昭和三十年三月三十一日、昭和二十七年本件買収計画が二重買収であることを認めて之を取消し同年四月二十五日その旨山形県農地部長宛報告書を提出していることを認めることができる。凡そ行政処分の取消を為すにその方式は原処分と同じ方法で行われるのが適当であるか本件の場合どのような方法で為されたか否やは明かでない。しかし少くとも本件口頭弁論期日に於て、昭和二十七年本件買収計画は二重買収があつたため取消すことを委員会に提出し昭和三十年三月三十一日の委員会でこの旨の確認を決議した旨記載された訴外米沢市三沢農業委員会作成の公文書が顕出されその写しが原告代理人に交付されていることが明かであるから昭和二十七年本件買収計画は原処分庁(前記の通り三沢村農業委員会は米沢市三沢農業委員会の前身である)によつて有効に取消されているといわなければならない。原告等は右取消によつて昭和二十七年本件買収計画が取消される迄有効であつたとは解し得られず無効の行政処分はもともと無効であるから同計面の瑕疵を治癒するものでない旨主張するが原告等が本訴に於て求めているものは同計画の取消であつて無効でないこと明らかであるので右(三)の請求を行政処分無効の主張に変更しない限り主張自体理由がない。そうだとすると昭和二十七年本件買収計画は取消によつて既に始めから効力がなかつたことになり現在原告等が右取消の結果と同じ法律状態の確定を目的とする前記請求部分は結局之を維持して判決を求める利益がなくなつたものといわなければならず且つ、同計画の訴願に対し之を却下した被告山形県農業委員会の裁決についても同様であるといわなければならない。従つて(二)(三)の請求部分はすべて却下を免れない。

以上の次第であるから(二)(三)の請求部分は之を却下し(一)の請求部分はこれを棄却することにし、訴訟費用の負担については本件の主要部分が訴外米沢市三沢農業委員会の昭和二十七年本件買収計画の取消処分によつて不適法となり却下されることになつたのであるから民事訴訟法第九十条によりすべて被告の負担とするが相当であると思料し主文の通り判決する。

(裁判官 松本晃平 藤本久 玉置久弥)

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